近年、地球温暖化と気候変動の影響がますます顕著になり、私たちは地球環境への配慮を迫られています。その中で注目されているのが、「カーボンクレジット」と呼ばれる新しい概念です。この仕組みは、企業や個人が自ら環境への貢献度を評価し、それに基づいて取引が行われる仕組みを指します。
カーボンクレジットは、二酸化炭素の排出量を基準にしています。起業や個人が持つCO2排出権を、環境にやさしい取り組みを行うことで削減し、余剰分をクレジットとして取引可能にするのがその基本アイディアです。これにより、環境への悪影響を最小限に抑えながら、事業や生活を営む上でのサステナビリティが促進されると期待されています。
この記事では、国や企業などによるカーボンクレジットへの取り組みについてお伝えいたします。
目次
カーボンクレジットの2つの仕組み
カーボンクレジットは排出権の余剰分を取引するキャップ&トレードと、削減量を売買するベースライン&クレジットの2つに分かれています。
キャップ&トレード(排出権取引)
キャップ&トレードは事業所ごとに定められた、温室効果ガスの削減量の超過分を取引対象とする制度です。自らの努力だけで目標値を達成できない企業は、余裕をもってクリアした企業からクレジットを買い取ることで、不足分を補えます。
キャップ&トレードは、“排出量が大きい大企業の規制”という役割が大きいのが特徴です。起業や事業所の排出削減量は政府が割り当てるため、上限をどのように決めるか、難しいと言われています。
ベースライン&クレジット(排出量取引)
ベースライン&クレジットは温室効果ガスの削減量を取引する制度です。再生可能エネルギーや環境負担軽減の設備を導入した企業において、導入前後を比べた時の差分をクレジットとします。上記は排出削減型のプロジェクトであり、他にも森林管理や植林による温室効果ガスの吸収・吸着型プロジェクトも対象です。
排出削減の取り組みをした企業は利益を得る機会を得られるため、クレジット創出のインセンティブが働くといえます。
カーボンクレジットの種類
国際的なカーボンクレジット
海外では、クリーン開発メカニズム(CDM)というカーボンクレジットが運用されています。また、2021年に開催されたCOP26では、64メカニズムという後継制度が設立されました。
国際的なカーボンクレジットの64メカニズムは、温室効果ガスの削減活動期間5年間の更新2回、もしくは10年とされています。また、温室効果ガスの吸収に関する活動は、最大15年間適応されます。つまり64メカニズムへ参加している国は、5~15年間、温室効果ガスの排出量削減や吸収活動に注力しなければいけません。
さらに64クレジットが発行されているので、国同士での取引も可能とされています。
日本政府や自治体系のカーボンクレジット
日本政府では、J-クレジットというカーボンクレジットに関する制度の整備や管理を行っています。
J-クレジット制度は、省エネ設備や再生可能エネルギーによる温室効果ガスの排出量削減実績、森林の保護活動などによる二酸化炭素吸収実績をクレジットとして認証してもらえる仕組みです。また対象者が中小企業や農業、森林を所有している方、地方自治体など幅広いのも特徴です。
J-クレジットを発行・販売したい場合は、J-クレジット制度事務局へ相談しプロジェクトの申請や登録を行います。審査に通過した場合は、J-クレジットを発行することが可能で、売却量に応じた収益を得られます。
一方、J-クレジットの購入者は、温室効果ガスの削減実績として活用できますし、製品やサービスに環境価値を追加することも可能です。
企業によるカーボンクレジット
カーボンクレジットには、民間事業者で立ち上げられた制度も存在しています。
例えば、Verified Carbon Standard(VCS)は、IETAなどの民間団体で設立された制度です。また世界で取引されている制度の1つなので、カーボンクレジットの信頼性という点でもメリットがあります。さらにクレジットの活用先が11種類と非常に多く、さまざまな事業で使用できるのも強みです。
他にもGold Standardという制度は、WWFなどの環境団体が設立したカーボンクレジットで、クレジットの発行や購入に関する取り組みだけではありません。人権保護や労働環境の改善といった持続可能な開発への貢献、カーボンクレジットの過剰利用による温室効果ガス増加への対策など、多角的な視点で環境保護へ向けた活動が重視されています。
各国の取り組み
各国は独自の事業や課題に応じてカーボンクレジットの取り組みを進めており、国際的な協力も重要なテーマとなっています。
欧州連合(EU)
欧州連合(EU)は、欧州排出取引制度(EU ETS)を中心に、カーボンクレジットの状況が進展しています。EU ETSは、EU加盟国の企業に対して一定のCO2排出枠を割り当て、余剰の排出権を取引可能にしています。この仕組みにより、企業は排出枠を超えないように管理し、必要に応じて他の企業と排出権の取引を行います。欧州はこの制度を通じて、持続可能な経済活動の推進と気候変動への対策を進めています。
アメリカ
アメリカは、国全体で統一的なカーボンクレジット制度は存在しませんが、一部の州が独自の取り組みを進めています。カリフォルニア州は進んでおり、州内の企業は排出権を購入・販売することが出来る「カーボン取引プログラム」を導入しています。これにより、州全体での温室効果ガスの削減目標を達成するために企業が協力しています。
中国
中国は、気候変動への対策としてカーボンクレジット市場の構築に取り組んでいます。一部の地域で試験的なプログラムを実施し、企業に対して排出権の取引を可能にしています。中国政府は環境問題への対応を本格的に進め、今後ますます取引の規模が拡大していくことが期待されています。
日本
日本では、企業の環境への取り組みが進む中で、カーボンクレジットに関する検討が進んでいます。一部の企業は、自主的に排出権の削減に成功し、その成果をクレジットとして取引しています。政府はこれらの動きを受け、国内での取引促進に向けて検討を進めています。
国際的な取り組み
国際的な取り組みでは、国連の「クリーン開発メカニズム(CDM)」や「パリ協定」に基づく取り組みが進んでいます。これにより、異なる国々間でカーボンクレジットの交換が可能となり、国際協力による気候変動対策が進んでいます。また、国際的な企業も自らのサプライチェーンにおいてカーボンクレジットを活用し、環境への貢献を図っています。
カーボンクレジットの活用 企業
JAPAN AIRLINES(JAL)
JALグループでは、省燃費機材への更新やSAFの開発促進と活用などにより、CO2排出量削減を行っている。これらの取り組みに加え、様々なCO2クレジットの購入により、CO2排出量削減を行っていく。このCO2クレジットは、航空以外の業態で抑制されたCO2排出量を購入するもので、地球全体で効率的にCO2排出量の削減を行うことを目指すものです。JALグループでは今後上記クレジットの選定、購入を行うことで、航空以外の業界とも力を合わせ、CO2削減を行っていく。
キャノン
キャノンはCO2の排出削減量や吸収量を売買可能なクレジットとして国が認証する「J-クレジット制度」を活用し、お客様先のCO2排出量削減に貢献する仕組みを構築しました。キャノンMJが購入した「J-クレジット」をカーボン・オフセット製品に付加することで、この製品を購入したお客様に使用部分のクレジットが譲渡されます。これにより、お客様である企業や地方公共団体は、地球温暖化対策の推進に関する法律への対応として、製品使用時のCO2排出量に相当する分をお客さまの削減分として管轄省庁に報告ができるようになります。また、CO2削減につながる事業を実施している企業やNGO/NPO(クレジット創出者)への資金循環を生み出すなど、CO2を削減事業の活動資金として活用され、経済発展や地域活性化に寄与するとともに、社会全体のCO2排出量の削減につながります。
ファミリーマート
ファミリーマートでは、2009年に「カーボン・オフセット・キャンペーン」を全国7600店舗で実施。1999年に開発した環境配慮型プライベートブランド「We Love Green」の日用品の原材料調達から廃棄までの工程で発生するCO2排出量をオフセットし、排出枠を日本政府に譲渡するという内容。国連が認証するインドの水力発電プロジェクトによって削減されたCO2排出枠を買い取る形でオフセットが行われた。
また、2012年には「被災地支援型カーボン・オフセットキャンペーン」を実施。ほかにもカーボン・オフセットつきレジ袋の導入をはじめ、温室効果ガス排出削減に関する取り組みを積極的に行っている。
株式会社クボタ
株式会社クボタは、株式会社大潟村あきたこまち生産者協会、株式会社みらい共創ファーム秋田と共同で、環境負担の少ない農業の普及拡大や農産物の付加価値向上に向けた取り組みを行うと発表しました。
この取り組みでは、J-クレジット制度を活用し「水稲栽培における中干し期間の延長」、「ハウス栽培などの施設園芸におけるヒートポンプ空調導入によるCO2排出量の削減」の二つのプロジェクトを登録しています。
2023年度は、大潟村あきたこまち生産者協会とみらい共創ファーム秋田が栽培管理する水田で「水稲栽培における中干し期間の延長」を実践し、削減できた温室効果ガスの量に応じたクレジットの認証取得を目指していく。
創出されたクレジットは、クボタのカーボンオフセットに役立てるほか、大潟村あきたこまち生産者協会とみらい共創ファーム秋田への還元も予定しています。また、生産した米の販売も予定していて、加工食品として販売するなど、高付加価値化に向けた取り組みを進めていく。
株式会社TOWING
名古屋大学発のスタートアップで、高機能バイオ炭の開発を手がける株式会社TOWINGは、農業分野の方法論のひとつである「バイオ炭の農地利用」に基づき、J-クレジット制度においてプロジェクトが承認されました。同社は、みどりの食料システム法に基づいた基盤確立事業者としても認定されています。
この取り組みでは、同社が開発したCO2削減につながる高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を農業者に提供し、2031年までに約46万5507トンのCO2の削減・吸収を目指す。
宙炭とは、TOWING独自のバイオ炭の前処理や微生物培養技術と、農研機構が開発した技術を融合し実用化された土壌改良材です。これを農地に施用することで、大気にCO2を排出させず農地に固定することが可能になります。
取り組みで創出されたJ-クレジットの販売で得た売上は、同社と農業者・農業団体などで構成される会員でレベニューシェアし、会員には対価として次回宙炭購入時のディスカウントなどで還元するとしています。
Green Carbon株式会社
高炭素固定種苗の研究開発などを手がけるGreen Carbon株式会社は、「水稲栽培における中干し期間の延長」の方法論を活用するための稲作コンソーシアムを結成し、カーボンクレジットに関するプロジェクトを進めています。
小規模農家個人がJ-クレジットにプロジェクト登録するには、数百万円の費用が必要となるほか、申請書作成や手続きにかかる手間が課題として挙げられています。そこで、同社が結成したコンソーシアムに加入することで、参加者をまとめて申請・登録することが可能です。
申請にかかる手続きが簡略化できるだけでなく、登録における「100トン以上のCO2削減・吸収見込み」の条件を満たすことも容易になります。
2023年度の取り組みでは、営農支援アプリ「アグリノート」を利用する生産者等を対象に、農地を3500ヘクタールに拡大し、温室効果ガス1万トンの削減を目指す。
2024年度はさらに拡大させ、6万ヘクタールの農地で18万トンの温室効果ガス削減を目指す。
まとめ
今回はカーボンクレジットに対する取り組みについてご紹介いたしました。カーボンクレジットの目的は、温室効果ガスを削減することで地球の環境をより良くしていくことです。各地で問題となっている異常気象による農作物被害や構音障害を回避する事にもつながるでしょう。この取り組みを活用することで、温室効果ガスの排出削減対策を実施しつつ、経済的な利益を得ることも可能になります。しかし、そもそもの目的を見失っては本末転倒です。カーボンクレジットの話題が上がるとどうしても儲かる儲からないの話になりがちですが、経済的なメリットにだけ目を向けるのではなく、ひとりひとりが環境について考えていくことが求められています。